【すし屋の娘直伝!】すしの歴史〜にぎり寿司ができるまで〜

最終更新: 6月19日


すしは、「なれずし」「生なれ」「早ずし」「即席ずし」と変化しています。


すしの始まりは、なれずしと言われています。

なれずしとは、魚、塩、飯のみを自然発酵させて酸味を出し、飯を取り除いて、魚だけを食べるものです。これは、米飯の自然発酵によって生じた乳酸に、その酸味を委ねたというものですね。この形態を古代のすしとすると、現在の滋賀県の郷土料理と言われているふなずしが該当すると言われています。

室町時代になると、「生なれ」もしくは、「半なれ」と呼ばれるものに変わります。

これは、発酵を浅い段階でやめ、しかも飯も一緒に食べる形態です。漬け込む材料も魚貝以外に野菜や山菜など、いろいろな種類に広がってきたと言われています。


そして、生なれの中に「飯ずし」という、材料が魚、塩、ご飯、さらに麹と野菜を加えたものがあります。これは、北海道や東北地方の寒い地方の人々が考え出した麹を使って魚をつける食文化になります。麹を混ぜることで酸っぱさが促進されます。ハタハタずし、ねずし、大根ずし、かぶらずしなどがそれにあたります。


江戸時代に入ると、「早ずし」に変わります。

米酢が広く販売されるようにり、手っ取り早く酸味を作りだせるようになりました。


そして、「即席ずし」が生まれました。早く食べるために改良された握りずしのことです。このルーツになったのが笹巻きや柿の葉ずし。これらはネタと酢飯を重ねて握り、更に防腐の目的と飯同志がくっつかないように笹や柿の葉で巻き、包む見み、それを箱に入れて押して味を馴らします。


このように、おすしは変わってきました。


#寿司屋  #寿司 #食べ方 #東京  #マナー  #歴史  #寺子屋  #旅行  #郷土料理 #生なれ #半なれ #飯寿司 #経緯 #にぎり寿司 #にぎり

5回の閲覧
​2019 Susy's Zoo Japanese & Nail
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • YouTube